小説執筆

もしかして新下駄配列が合わないのかも……?

数カ月前に新下駄配列を練習し始めてはや……何ヶ月だ?

わかりません。

しかし、そんなことはとにかくとして、相当経っていると言っていいと思います。

さすがに新下駄配列の感覚はもう分かっていると言ってもバチは当たらないと思います。

 

うーんうーん……

個人的なことなので、世間一般とは思わないのですが、なんか……個人的には駄目だったのかも。

 

なんで駄目なのか。

もちろん慣れがまだまだでローマ字のように行かないというのはありますが、それはそれ。

一番はリズム感でしょうか。

たしかにローマ字は忙しない。

キーの移動は大きい。

打鍵数は多い。

悪いことだらけです。

でも、なんというか、それだけに頑張っている感があるんです。

手の運動というか、勢い良く入れないとやっていられないというか……

そんな変なリズム感で文章を書いていて楽しく感じていたような気がします。

つまり、文章を書くという行為ではなく、おもにリズムでキーを叩くという行為に快感を見出していた気がしてきたのです。

 

ということで、指がつかれなくて効率的な新型配列はもしかしたら自分には駄目なのかも……とか思う今日このごろ。

同じことを書いていても快感がイマイチなんですよね。

また、様子を見て状況を書いてみたいと思います。

なんで最近小説を書く気がしないのかを考えてみる

最近大変にスランプである。

いちおうちょっとした短編を投稿してみたり、未完成の作品に手を入れたりしていたのだが、やっぱりどうにも乗りきれない。

そりゃだれだって乗れない時があるものだけど、最近は慢性的に乗れていない気がする。

なんでだろう。

ということでちょっと考えてみる。

 

まず、乗っていた時にことを思い出してみよう。

 

 

・思いついたことを作品にするのが面白い

 

まずはこれ。

これがなければ始まらない。

物語という物を作るのが無性に面白かった。

なんでかわからないけど、とにかくそうだった。

ところが今は何故かそうは思えなかったりするのである。

 

 

・自分の中で考えをふくらませることが楽しい

 

作品を作るというのは自分の頭のなかで成長していくアイディアを見守るようなこと。

ふっと浮かんだ小さな物語が膨らんでいくのが楽しい。

今はそれがないし、なかなか膨らまない。

どうも、物語脳がお休みしたがっているらしい。

 

 

・キャラクターたちの会話の広がりが楽しい

 

キャラクターたちを自由に会話させると思いもよらない方向へ広がっていったりする。

自分で考えているはずなのにそうとは思えない飛躍をする時があって、それがとてもワクワクする。

しかし、どうもそれがいまはあんまりない……というのがある。

それから自由に展開させるとだいたい終わりがなくて、そのまま作品として完成しなくて未完成作品としてただ積み上がっていくというのがある。

つまり、これを楽しみたくても、これを楽しむと作品にならなかったりするのだ。

だから段々これをやらなくなる。

そして作品作りのドキドキが減って、つまらなくなっていく。

 

 

・投稿して他人に読んでもらうということが冒険だった

 

かつて作品を人に読んでもらうということはとても怖くてスリリングなことだった。

もちろん今でも非常にドキドキしてストレスがある行為だけど、最初の頃とはだいぶ感じが変わってきた。

最初の頃はどう反応するのか全くわからない所へ自分の作品を放り込むという感じだったが、今はそこそこ反応が読める。

もちろん思いがけない感想とかはあるけど、そこまでとんでもない感想が来ることはまぁない。

最初の頃の冒険感は今はなくなってしまった。

 

 

・つっこむことがなくなった

 

投稿してないものも多いけど、創作の意欲が従来の王道へのツッコミだったりした。

物語ってよくそんな展開するけど実際はそんなわけないじゃん、と言いたくて書いているものが多かった。

でも、いまなろうに投稿されている作品でそういう部分につっこみを入れている作品は多くあって、いまさら自分がツッコミを入れる必要はないというのが現実。

そうすると書きたいネタは当然減ってくる。

 

 

・小説が日常になってしまった

 

かつて自分にとって小説を書くことも読むことも日常を離れる行為だった。

しかし、ここんところ毎日のように考えていたり書こうとしていたせいですっかり日常になってしまった。

つまり、開放感がないわけで。

それじゃ面白く無いよね。

 

  1. とまぁ、こんなことを思った次第。
  2. そうはいっても気が向けばまた書くのだろうけれども、かつてのようにすごい勢いでシコシコ書くことは無くなりそうです。
  3. とはいえ、一番シコシコ書いていた作品は全然未完成で投稿してないので、外から見れば書いていても書いていなくてもおなじに見えると思うけどね(汗;

 

新下駄配列のエミュレーションソフトについて

え~、ここ一週間というもの、具合悪くて半病人していました。

半日だけ会社行ったり、起きててもだるくて……

まわりがインフルエンザばかりなので、自分も感染したかと思いきや、とくに熱も出ず。

人によっては熱が出ないこともあるというので、自分もそのパターンかと思ってよく寝たり休んだりいろいろしていたんですが……

結局、原因は貧血でした。

鉄サプリを飲んでないとダメな人なので毎日飲んでいるのですが、最近変えたサプリがあかんかったらしい。

UHAの鉄グミ……2粒で10mgなので十分かと思いきや全然足りてなかったらしい。

吸収率が悪いのか、実はそんなに入っていなかったのか……

とりあえず別のサプリに変えて、量を増やしたらよくなってきた。

また、自分の胃腸に優しい鉄サプリをさがす終わりのない旅が始まる……orz

 

さて本題。

新下駄配列で文章を打つためには普通のキーボードを別の配列に変換するエミュレーションソフトが必要です。

いままでやまぶきRというフリーソフトを使っていました。

フリーでいろいろカスタマイズ出来て普通に神ソフト。

ただ、ほかにもいろいろソフトがありましてシェアウェアだけど姫踊子草というものがあります。

こちらを試してみたらなんか……反応速度が速い。

キーを押してから実際に文字が出るまでの時間が速いんです。

ということで、登録してお金を払うことにしました。

反応速度を上げたくて少々のお金を払ってもいい人は姫踊子草とか使ってみるといいと思います。

それだけです。

うーん、内容が薄い記事ですねぇ。

うをおおおおお!!! スランプだぁぁぁぁぁ!!!

かけない。

どうやっても書けない。

自分流に言うなら、クリエイティブポイントが足りていない。

気持ちとしては、とても書きたい。

でも、なんにも浮かんでこない。

あるいは浮いてきたイメージがあんまり魅力的じゃなくて、書く気がしない。

集中できない。

 

とにかく創作的に完全にスランプなのです。

 

ということで、ちょっとやり方を変えよう。

日がな時間があればあるだけもんもんと悩んでいるこの状況をやめよう。

一日にポモドーロ法でいうところの1単位の25分だけとにかく書けばそれで良しとしよう。

そういうふうにしないと、もやもやが毎日続くだけでつらい。

 

好きなだけ書けている人が超羨ましいです。

昔そんな時もあって、そんなときは「え、書けないなんて、そんなことありえなくない?」と余裕ぶっていました。

まじでごめんなさい。

冷えると小説とか無理じゃない!?

冬です。

間違いなく冬です。

こういう寒さの中創作できる人は一体どういう人なのだろうか。

ほんとうに不思議でしかたがないんだよね。

 

自分の場合、楽しい気分になってその余裕から湧いてきたものを文章にしている。

なので、寒いとか具合悪いとかほんの少しでも悪いものがあると創作とか出来へんねん。

足冷えるです。

乾燥するです。

冷え性かもです。

新下駄配列の練習中のため、文章を打つのが超遅いです。

 

これじゃかけないよね~……

といういいわけです。

新下駄配列になかなか慣れないという話

いや、練習を初めて一ヶ月?ぐらいしか立っていないのに、お前は何を言っているんだ。ってはなしではあるんだけどね。

12/19にnicolaを諦めて新下駄配列をやるという記事を書いているから、本当に約一ヶ月だ。

ちなみにこれも新下駄配列で書いています。

ローマ字の3分の1ぐらいの速度で。

おっそーー………

 

いやいや、所詮キーボードの配列なんて慣れが一番だから、それなりに時間がかかるのは当たり前なんだけど……でもやっぱりストレスが半端ない。

 

・どこを押すべきかわからなくなって手が止まる

・普通に押し間違えまくる

・キーボードをみても、当然刻印してないから打てない

・ローマ字入力だとホームポジションを無視して打っていたけど、この配列だとホームポジションが外れた途端にどこ押していいかわからなくなるので、ホームポジションを死守する必要あり。手首を固定したまま指だけであちこちのキーを押すので、今まで使っていなかった筋肉を使っているようで結構手がつらい。

・時々ローマ字で打とうとしちゃう

・どうしても右手と左手が混ざってしまう。特に左手人差し指の「ん」と右手人差し指の「う」を間違えまくる。そのほかにも、よく使う文字ほど左右を間違えやすい。

・もちろんくそ遅い

 

とまあ、なんでこんなに苦労してまで練習しているのかよくわからなくなる時があります。

極めた時に超快適な入力環境ができると信じて励んでいるだけです。

とりあえず、nicolaやorz配列だと親指と小指が相当つらかったけど、新下駄はまだましです。

だからローマ字以外ではこれが最善に違いないと自分に言い聞かせながら耐える毎日です。

 

このすごい遅い状態で小説も少し書いてみたのですが、自分の書き方だと思いついた文章を忘れないうちに一気に打鍵するスタイルなので、正直この速度と神経が配列に行っている状態では大変厳しいとしか言いようがありませんでした。

うん、ブログでもちょっとつらい。

なんて書こうとしていたのか、一行打っている間に忘れる。

これがいつか開眼すると夢の様な執筆環境になるんだ……そう信じてブログとか書いてみるのです。

とりあえずこの状態では小説は厳しいのでブログを量産していこうと画策しています。

 

やっぱり書くテンポが悪いので、文章がいつもと違う気がする……

もともと美文とは程遠い文章だけどさ。

親指シフトをあきらめた件

えー、こんな記事を見ているくらいだから、きっとあなたは親指シフトを知っているでしょう。

親指の位置のキーと組み合わせてキーを打つことで、一打で日本語一文字を打てるキーボードの入力法です。

ネットで検索すると「物書きには必須! あの勝間和代の愛用!」みたいなかんじで、日本語入力が多い人間には大変好評な入力法です。

自分は普通にローマ字入力な人なのですが、やはり小説なんか書こうとすると「もっと楽に書きたい!」という欲求がわいてきます。

そんなわけで、勉強を始めたわけです。

 

1、普通のキーボードで親指シフトを実現するための、「nicola配列」というものを勉強し始める。

2、練習するが、普通のキーボードを使う上でどうしても親指の位置が不自然になる。特に変換キーの位置に右手の親指を置いて打つのがとても苦痛。こんなん常用無理!

3、アキラメタ

4、しかしそこで、「orz配列」というものを知る。要は右手のキーをすべて右にずらすことで、親指のつらさが軽減される。

5、「おお、これはいい。これならできるかも」とまた練習を再開する。

6、めちゃくちゃたどたどしいけど、ちょっとした文章作成などを根性でorz配列でこなす日々。

7、なにか小指がとてもつらい。でもきっと慣れるんだろうと言い聞かせながら、日々を過ごす。

8、だんだん配列に慣れてきたはずなのに、とにかく小指がつらい。このあたりで「この配列って小指が弱い自分には向かないんじゃないか?」という懸念が。

9、そうしたら「親指シフトは小指に「う」や「ん」といった使用頻度が高い文字が割り当てられている」という記事を見てゲンナリ。自分のうつ文章が偏っていて小指がつかれるのかと思っていたけど、普通に小指の負荷が高い配列だということがはっきりする。

10、だめだ、こんな配列俺には無理だ。小指がつらすぎる。

11、そしたら同じことを考えた人が世の中にはいたようで、使用頻度が高い文字を中指とかに割り当てた配列をいろいろ発見。なーんだ、こっちのほうがいいなー、と乗り換えを決意。

 

ということで、親指シフトはあきらめて、もっとマイナーな配列に移行することにしました。

結局ローマ字に戻ってくる気がしなくもないけど、とりあえず「新下駄配列」というものを練習してみたいと思います。

ちなみに、まだ練習前なのでこの文章は普通にローマ字うちです(汗;

(というか、練習し始めたとしても慣れない配列でブログなんて長文打てないけど)

創作アイディアが出ない人のためのアイディアが湧くn場面

昔からアイディアが出るのは三上と言われます。

 

三上というのは、馬上(移動中)、枕上(布団の中でうとうとしている時)、厠上(トイレの中)の3カ所を差しています。

 

あれ、それだけ?

なんかもっといろいろないのかなぁ……

これだけじゃアイディアなんて全然出てこないじゃないか。

ということで、アイディアが出る場面をたくさん考えてみた。

(主に小説のアイディアが出やすい場面ですが、それ以外のアイディアがでる場面も書いています)

 

○お風呂の中

体洗ったりしていると何故かアイディアが浮かんできます。お風呂は結構高ポイント。でも、湯船につかりすぎてのぼせると頭が止まるのでアイディアが出てこなくなります。

 

○散歩中

乗り物に乗っている時でなくても、ゆるゆる歩いているとアイディアが出ることがあります。

血行がよくなるから?

 

○買い物中

買い物をしているといろんな物が目に入ってくる上、たまに印象的な人にぶつかります。

雰囲気がいい人とか、なんでそんな格好しているの的な人とか、雑談していてその内容が琴線に触れるとか。

そんなものに触れていると、ふと思っても見なかったアイディアが出てくることがあります。

 

○とにかく楽しいことをした後

なんでもいいので、心の底から楽しいと思えることをやります。

すると、その気分がしばらく持続して、その間は脳みそフル回転状態になります。

そんな時に楽しいアイディアがふっと浮いてくることがあります。

 

○逆に嫌なことを長時間している時

「いやだなこれ……」と思うような作業(単純作業で長時間)をやっていると、精神が目の前のことから逃げようとして妄想が繰り広げられます。

嫌な作業でも複雑なことだとそんな余裕が無いので、ある程度単純な作業で時間がかかることが必要です。

そしてその妄想が延々と続くと、ある時「あれ、このアイディアおもしろくね?」というような金山にぶつかることがあります。

まぁ、アイディア出しのためにわざわざいやなことをやろうとは思いませんけど(汗;

 

○もったいない作品にあった時

設定はいいのに、なんか生かしきれてない。そうじゃない、もっとこういう方向に話を振って欲しいんだ! みたいな作品をみるとモヤモヤしてきます。

そして自分なりの展開が頭のなかで花が咲きます。

その気持ちを文章にぶちまけると作品ができるかもしれません。

この場合、アイディアというより衝動ですね。

 

○寝る前の数時間

「そろそろ寝なきゃ」と思うとタイムリミット感が生まれて、なぜか頭が回転しだします。

タイムリミット感がキモなんだと思います。

そして、そこからやる気が出ちゃってつい夜更かし……

 

○休暇の最終日の夕方

これもタイムリミット感。

時間がないと思うほどに発想パワーが出てしまいます。

逆に余裕がありすぎるとアイディアとか出てきません。

 

◯参考情報

「知的創造のヒント」という本に

「なるべく些細な事に関心が向けられている方が精神の自由には好都合である。三上はそういう状態をつくりだすのに適しているということであろう」

という一文をみつけました。

たしかにそうかもしれない。

特別な注意がいらないちょっとしたことをしている時(風呂で体を洗うとか)に妄想が爆発することがあるわけだから。

 

 

こんなところ?

また折を見て追記していこう。

 

 

自分は一体どうやって小説を書いていたのか?

 

最近全然書けていないので、逆に書いていた時はどんな感じだったのか思い出してみる。

 

・ふとした瞬間にアイディアが勝手に湧いてくる。場合によってはそれをメモする。

・そのアイディアがしばらく頭のなかにふわふわしている。それが消える前にPCに向かう。

・すると、そのアイディアがちょっとしたシーンになる。そしてそのシーンを書いているうちに関連するシーンが浮かんでくるので、それも書く。

・なんとなく短編のネタや、これまでの話の続きのようなものができる。

 

ただし、それが完成するか、アイディアの断片レベルで終わってしまうかは、運次第。

とりあえず、あとから見て何をしたかったのか分かる程度のものはできる。

 

PCに向かって書き始めた時に始まるのではなく、もうすでに始まっているものをキーボードで書き込むことから始まっていた。

そうなんだよなぁ。

書こうと思って書くわけではなく、先に脳みそが小説を書けるモードになっているから書けるだけなのだー。

 

なんと、意志の力では書いていないのだな。

だから、今は書けないんだ。

書こうかなと思っても、脳みそがそのモードに入ってないからキーボードに向かってもセリフを二三行書いて「乗らないなぁ」といって止まっちゃう。

 

そして小説バリバリ書いていたころ(未公開作品だけど)は、まさか書けなくなるとは思わなかった。

その時の限界は「時間」「指が限界」「疲れ」であり、「シーンが浮かんでこない」なんてありえなかった。

 

趣味だから「駄目だなぁ、(残念だけど)仕方ないなぁ」ですむけど、これが仕事だったら大変だ。

創作系を仕事にしている人は本当にすごいと思う。

 

またぼちぼち書こうとは思っているけど、まぁ先は長いですなー

私はなんで小説なんて書いていたのかなぁ

私は一体、どういうわけで小説などというものを書いていたのだろうか。

………

世の人はどうだかわからないが、自分の場合、脳みその中にスイッチがあって、そのスイッチの入りきりで何かが極端に変わる。

長らく入っていた「小説スイッチ」が最近なんらかの理由でOFFになってしまったらしく、小説を書こうという気が全く無くなってしまった。

もしかしたら、1時間後にONになるかもしれないが、もしかしたら、1年ぐらいスイッチが入らないかもしれない。

とにかくスイッチが切れてしまった。

うーん。

 

スイッチが変わると感覚が全然違ってしまうため、小説を書いていた自分が不思議に思えたりする。

なんで小説なんて書いていたのかなー。

別に書かないといけない理由なんかなかったはずだけど。

別にもっとやることがあったのではないだろうか?

それがなにかはイマイチわからないけれども。

他の小説でもアニメでもありとあらゆるものを創作のタネとして取り込もうとし、布団に入っても起きても展開やセリフについて考え続け、そんでまぁ、中途半端なまま完成しない文章の塊がたくさんできていくばかり。

いやいや、別に現時点で完成していなくてもいいんだ。いずれ完成すれば。

それよりなにより、なんでそこまで物語を作ることに執着していたのだろうか、というのが今の私にはわからない。

ほんとなんでなんだろう。

なんでそこまで物語を作ることに執着していたのだろうか。

謎だ。

うーん、とっても謎だ。