・主人公
問題を抱えている人。
変化する人
・狂言回し
変化はしないけど表現だけする人
・協力者
主人公に協力
・敵対者
人ではなく事(戦争など)の場合もある
・犠牲者
・依頼者
・援助者
・対抗者
ライバル
・主人公
問題を抱えている人。
変化する人
・狂言回し
変化はしないけど表現だけする人
・協力者
主人公に協力
・敵対者
人ではなく事(戦争など)の場合もある
・犠牲者
・依頼者
・援助者
・対抗者
ライバル
メールで長文をやりとりしたり、「~~はこうですか?」「はい」のやり取りに丸一日書けている人もいる。
記録を残す必要がある事(数値データ・荷物の発送・内示(正式な注文を貰う前に客から指示をもらうこと。これがないと失注した時にお金を取れない))以外ははっきりいって話すのが一番早い。
特に技術的なこんがらかったことや、質問・確認を繰り返すことはメールでやり取りしていると亀のように遅い。
会話の百倍の時間がかかる。いやほんとまじで。
「~~ってこうですか?」「いやちがいます。~~です」「え?それって~~ということですか」「そうです」
というやり取りを会話ですれば30秒。
メールだと朝質問出して返信が翌日なんてことは普通なので、普通に2日。
下手すれば放置されて一週間かかる。
100倍どころじゃないでしょ?
「メールの反応が遅くても待ち時間は別の仕事できるじゃん」という声があるが、それはその通り。
しかし、だめな理由が3つある。
1,マルチタスクは効率が悪い。一つ一つの仕事をさっさと片付けていけば早いが、幾つもの仕事を並列させて「そういえばあれどうなったっけ?」と仕事を切り替えながらやるのは、精神的にも負担が大きいし効率も悪いし物忘れも多い。
2,依頼をして相手が動いている気になっているかもしれないが、相手もメールだからすぐに応答しなくていいやと後回しにしているので、実は動いていない
3,メールを書く時間がかかる、読む時間もかかる。しかも会話ほど情報が伝わらない。会話だと緊急度とか向こうの建前と本音とかも伝わるが、メールだとそういうところ全然だめ。
一番いいのは対面。それがだめでも電話で話すのが一番早い。
それで話がまとまったあとに「さきほどお電話したとおりに、◯◯をして◯◯をするということをお願い致します」と会話していない人にもわかるように関係者をCCにいれてメールすればOK。
それ以外の途中経過の当事者以外見ても意味がわからないメールとか無駄無駄。
自分でできる仕事だけじゃなくて、人にやってもらわないといけない仕事って多い。
そういうものをやはりメールなんかでやりとりしていると、向こうは普通に後回しにする。
世の中ってそういうものだ。
そこで上で書いたように直接話したり電話をする。
そうするとだいたい「あぁ、わかりました」といってやってくれる。
自分が電話された場合もそう。
特定の話題について話をしていると、その話題関連の記憶が活性化されるのでその仕事をやりやすくなる。
メールの文章だけだと全然活性化されないので、基本的にものすごく面倒くさくて後回しになる。
作業と報告という仕事があれば、普通の人は「作業が9割で、報告は1割くらいでしょ?」と思うかもしれない。
しかし、簡単な作業ならいいが開発系の面倒なことって文章にする自体が大仕事。
例えば、「作業1時間、相手が納得しそうなそれっぽい文面つくるのに2時間」なんてこと普通にある。
つまり「その作業をやってみて状況をメールして下さい」なんていうと相手の時間の三分の一ぐらいしか有効活用できていないことになる。
そこで、10分会話して「あぁ、なるほどそういうことですか。じゃあ◯◯お願いします。状況はわかったのでメールとかいらないです」とすれば、相手の時間を全て有効活用できる。
そもそも会話してもどうやってもちゃんとやってくれない人・組織というものはある。
・その人の性格
・無能
・単純に忙しい
いろいろあるが、とにかく頼んでもやってくれない。
そういうところを上手く使ってなんとかしよう、とか思ってもそんなの無理。
基本的に他人は他人、コントロールなんて土台出来ない。
最初からちゃんと対応してくれるところと組もう。
流行りのWEBサービスを調べていたら「ペラペラ」というサイトを見つけた。
海外の著名人の記事を翻訳して掲載しているサイトらしい。
って、他所のサイトで説明されているんだけど、このサイトそのものにはなんの説明も掲載されていない。
なんだこのサイト。
全く謎のサイトである。
いやいや、そんなことはどうでもいい。
とにかく、ここに並んでいる翻訳された記事の中でポール・グレアムの「愛することを仕事にする方法」というのが素晴らしい。
・遊ぶのは楽しくても一ヶ月それだけをすれば飽き飽きするもの。非生産的な快楽というのは長い間楽しめるものではない。仕事は長い間やって楽しめるものでなければならない。
・余暇という概念が何かの間違いだと思えるほど好きな仕事でなければならない。
・自分が「尊敬」できる仕事をするべきである。「すごい!なかなかクールじゃないか」と思えることをするべきだ。
→これが自分の琴線に触れた。自分で「すごい」と思えることをやりたいというのは自分の掛け値なしの本心だ。
・「名声」は自分が楽しいと思えるものを捻じ曲げる。特に若いときは。楽しいと思わないことでも「名声」だけでなんとなく楽しいと思い込んでしまう。
・「名声」は化石だ。ジャズなんて名声から最も遠いものだったのに、今では名声があるものになっている。なんであれ、十分に上手であれば名声なんて後からついてくる。だから、「名声」なんて気にするな。
→自分も「楽しいこと」と「名声」がときどきごっちゃになっていることに気がついた。たしかに名声を追いかけることは虚しいし、そもそも本心から楽しくないことなんてどんなにがんばっても2流止まりだから、それで名声を手にすることは出来ない。
・あなたが若い頃には、各々の選択に必要な情報はすべて、それが必要になる前に手に入るような印象を持っていただろう。だが、仕事については決してそうはいかない。何の仕事をするか決める時には、信じられないほど不完全な情報を頼りに決断しなければならない。
→これは本当。仕事なんていくら話を聞いても実際にやってみないと何もわからない。
・「常に何かを生み出す」というのは、愛する仕事を探すための経験則でもある。そう心に決めると、一般にやるべきだとされていると自分で思い込んでいる物事から自然に離れて、本当に愛することの方に引き寄せられてゆくのだ。
→むー、とても深い。何かを生み出す。
クラウドファンディングについて調べていたら、「Readyfor」というサイトを見つけた。
(まずそのまえに車のレンタルだとかスキルのレンタルみたいなものを幾つか見たのだけれど、それは知っていたのでそんなに感銘は受けなかった。)
そして中身を見て、ちょっと不思議に思った。
これ、寄付サイトじゃないよな、クラウドファンディングだよなぁ?
・ラオスの子供に冬服を届けるプロジェクト
・小児がんと戦うための無菌室を作るプロジェクト
・殺処分されるペットを救いたい
クラウドファンディングといえば、スタートアップ企業の案件がズラズラ並び、その一部に社会貢献的な案件がちょっと並ぶ・・・みたいなイメージだったので、びっくり。
そして、集まっている金額が莫大なので二度びっくり。
百万、一千万、普通に集まっているプロジェクトがごろごろ並んでいる。
リターンは「お礼のメール」とか「壁に名前をのせます」ぐらいなのに。
寄付ぐらいあるだろ、といわれればそれまでなんだけど、数年前、自分が見たときとは状況がそうとう違う。
もはやアドレスやサイト名すら覚えていないけど、数十万~百万円ぐらいのボランティア的なプロジェクトが並んでいる寄付募集サイトを見つけたのだ。
そして、自分も数千円くらい寄付した。
しかし、これがこれが・・・数十万円とか規模が小さいプロジェクトばかりなのに、どれもこれも全然枠が埋まっていかない。
「ネット上で寄付する人ってこんな少ないのか」と感じたことを思い出す。
ところが、いまや寄付サイトでもない営利目的で来る人が多いであろうクラウドファンディングで、数百万~数千万の寄付がどんどん集まっていく。
時代は変わった・・・
考えてみると、クラウドファンディングと言っても人は儲かりそうにないものには手を出したくない。
じゃあ、クラウドファンディングには儲かりそうな案件が並ぶかと言えば、あきらかに儲かるものは銀行がお金を出すわけで、パット見儲かるようなプロジェクトはほとんどない。
じゃあ、人間は儲かるものにしかお金を出さないかというと、そういうわけではなく、「世の中を良くすること」にもそれなりにお金を払おうと思うものだ。
1,儲かりそうなプロジェクト
2,社会を良くしそうなプロジェクト
実は1は少ない。
だから儲け話を求めて見に行くと、1がなくてがっかりする。
しかし、ずっと眺めていると「あぁ、この人達社会を良くするためにがんばっているなー」と感じるプロジェクトがどんどんでてきて、結局2にお金を出してしまうのではないかと。
儲け話を探しにきて寄付をしてしまう、という感じじゃないかと。
クラウドファンディングはあくまで商売向けだと思っていたのに、こんな実質寄付案件が盛況だなんて、ほんと意外でおもしろい。
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